エッセイ「わたしにとって大切な1着とは?」

今日は、「タテイトヨコイト~あなたの大切な一着をエッセイに~」
という講座に行ってきました。

場所はワコールスタディホール

近鉄電車に乗ってると見えるおしゃれなビルが
気になって調べてみたら、

「美」をテーマにいろんな講座があるというので、
おもしろそうで行ってきました。

現役の新聞記者さんが講師のエッセイ教室というので、
私もエッセイ書けたらいいなと思いながらも、

「あなたの大切な一着」って、何かあるかな?
服は苦手なんだけど…と思いつつ、

でも、敢えて苦手なことをテーマに書いてみるのも
いい機会かもと思って参加しました。

書くのは45分弱ぐらいだったんですが、それだけでも
いろんな気づきがあっておもしろかったですが、

とりあえず、せっかくなので、できあがったものを
(ご関心あればお読みくださいませ)

選んだ服はこちらの中国で作ったチャイナ風のシャツです。

 

「長い間使っていないものは手放そう」数年前、新しい自分になりたいと思って断捨離を始めてみた。長い間使ってもいない、見向きもしないものを手放すことで、さらに大きな変化があるかもしれない。そう思って、今年は実家のタンスの整理をすることにした。メインは10年前中国にいたときに来ていた服。気に入っていて、帰国してからも着たいと思い厳選して持ち帰ってきた服。でも、この10年で袖を通したものは一つもない。日本で着るにはやっぱりデザインが合わない。日本で着ていたら変に思われるかも。そう思っていた。でも、いざタンスを開いてみると、「大丈夫、今でも着れる。やっぱり着たい」そう思う自分がいた。

そう思わせたのは、中国の服装市場で初めてオーダーメイドで作ったシャツ。チャイナドレスが好きな私が、日常でもチャイナ風の服が着たくて作った服。首から肩にかけて斜めに線が入り、そこに蝶々の形のボタンが二つ。一番中国らしくて、かわいらしい蝶々のボタンをつけてもらった。布も同じ市場の中の布屋さんで選んだもの。日本でも着られるようにと淡い紫色で小柄の花がデザインされた布を選んだ。一つ一つを慣れない中国語で、初めて頼んで作ってもらった服。ものすごく気に入っていて、中国ではしょっちゅう着ていたのに、日本ではなぜか気恥ずかしくて一度も着ていなかった。だから、もういいだろうと思っていたのに、手にしたとたん、また着たいという気持ちが出てきた。

最初は「この服を手放してしまうと中国での思い出、私が中国にいたことがなくなってしまうようで手放したくない」と思ったのだと思った。でも、他の既製服は処分できたものもある。なぜ、これだけは捨てられないのか?

三姉妹の末っ子として生まれた私は、幼いころの服と言えばお下がりがほとんど。自分の服を買ってもらった経験はごくわずか。いつもお下がりばっかり、しかも2人分。姉たちのお古が私のところに来たときには、姉たちは新しい服を買ってもらっている…。いつの間にか、自分は服は買ってもらえないもの、服なんかどうでもいいと思うようになっていた。そして、大人になっても服を選ぶことが苦手で、心の底からファッションを楽しんで服を選ぶという感覚はなかった。でも、中国で服を作ってもらっていたときは、布選びに始まり、デザインやボタンなどの小物の形や数など細かなところまで、全てお店の人と話して、自分の希望を伝えて作ってもらい、できあがりを楽しみにしていた。試着をして自分の体にもぴったり合う素敵な服ができるのがうれしかった。

自分が自分のために選んで、自分のためだけに作ってもらう服。「オーダーメイドって自分で自分を大切にすることにつながるんだ」ふと、そんなことに気がついた。

 断捨離をすれば新しい自分になれると思っていた。でも、新しい自分になるのではなく、今の自分を大切にすることが本当は必要なことなのではないか。そんなことをこのシャツが教えてくれたように思う。

 幸い、袖を通したら、いまだに体にぴったり。今年の夏は久しぶりにこの服を着てたくさん出かけよう。
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